日本とインドの新しい時代 外務省「日印担当部」新設と10兆円投資時代の商機

外務省による「日印担当部」の新設と我が国の姿勢

 2026年4月1日、外務省は南東・南西アジア局南西アジア部内に「日印経済担当部」を新設いたしました。国別の経済担当部署を外交機構の中核に据える今回の組織改編は、単なる行政上の再編を超え、インドを日本の長期的な経済・地政学的パートナーとして明確に位置づける戦略的判断と言えます。外務省は公式声明において、日本からインドへの企業進出・投資促進、および経済安全保障分野における協力深化を、官民一体で推進する方針を表明しました。この部署が通商振興局ではなく外交政策立案の中核に置かれたことは、日印経済関係が、外交的修辞の段階を超え、制度そのものに組み込まれたことを示すものと考えられます。

 

数字が物語る日印経済関係の深化

 日印間の経済関係は、過去5年間で着実に厚みを増してきています。二国間貿易額は2020〜21年度の153億ドルから2024〜25年度には252億ドルへと、約64%の伸びを記録しました。日本の対インド累積直接投資(FDI)は2000年4月から2025年3月までで444億ドルに達し、日本はインドにとって第5位のFDI供給国の地位を占めています。日本からインドに進出する日系企業はおよそ1,455社、拠点数は約4,790に上ります。国際協力銀行(JBIC)の2024年度調査では、日本の製造業企業が中期的に最も有望視する投資先としてインドが15年連続で第1位となり、回答企業の58.7%から支持を集めました。

 

インドの産業戦略「PLI制度」の現在地

 インド政府は2020年、生産連動型インセンティブ制度(Production Linked Incentive: PLI制度)を導入しました。この制度は、現在14の重点産業分野を対象としています。対象は携帯電話・電子部品、医薬品、自動車および自動車部品、先進化学電池、繊維、白物家電、特殊鋼、太陽光発電モジュールなど、極めて広範です。予算規模は5年間で約1.97兆ルピー(約260億米ドル)とされ、2025年6月時点で、実現投資1.88兆ルピーを達成し、17兆ルピーの追加生産と123万人以上の雇用創出に寄与したと報告されています。

 基準を上回る増分生産に対してのみ補助金を支給するという成果連動型の設計は、従来の投入ベースの産業政策から明確に一線を画すものであり、日本企業の製造拠点戦略にも、大きな影響を及ぼしつつあります。

 

中堅企業が直面する制度的課題と追い風

 もっとも、インド進出には実務上の課題も残されております。州ごとに異なる許認可制度、土地取得の手続、外国為替管理法(FEMA)に基づく投資報告義務等は、特に中堅企業にとって対応負担の大きい領域です。新設された日印経済担当部は、大手企業と比較して州別規制への対応が困難であった中小企業(SMEs)を重点支援対象として明記しており、政府と産業界の調整インターフェースとしての機能が期待されております。

 また、2025年8月の首脳会談では「今後10年に向けた日印共同ビジョン」が採択され、2035年までに日本の民間部門が10兆円(約670億ドル)をインドに投資する目標が掲げられました。これは過去25年の累積FDIのほぼ2倍に相当する水準であり、物流・繊維・自動車・中小企業分野を対象とする「日印産業競争力パートナーシップ(IJICP)」が、この投資フローの制度的受け皿として位置づけられています。

 

経営者への指針:中堅企業が今取るべき三つの視点

 インド市場に臨む中堅企業の経営者には、次の三点を意識する必要があります。

 第一に、制度変化の速度を前提とした社内体制の整備です。FEMA、PLI制度、州法令は頻繁に改正されるため、最新情報を継続的に収集し、社内の体制や規程、契約書などを迅速に更新する枠組みが不可欠です。

 第二に、パートナーの適切な選定です。進出先となる州政府、産業団地運営体、現地法律事務所、会計事務所など、実務を支えるパートナーの選択が事業の成否を大きく左右すると言えます。

 第三に、経済安全保障の視点です。半導体、重要鉱物、クリーンエネルギーといった日本政府が重点支援する分野での関与は、単なる安価な生産拠点の確保にとどまらない戦略的価値をもたらします。外務省の新組織と10兆円投資目標は、中堅企業にとって、従来大企業の領域とみなされてきたインド事業を、制度的に後押しされた現実的な経営選択肢へと転換させる重要な契機となるものといえるでしょう。

 

 

執筆者:弁護士 田中雅敏(明倫国際法律事務所)/Advocate Gaurav Dhwaj & Nikita Singh (Dhwaj & Associates)