インドPLI制度を活用した製造業進出戦略 〜チャイナ・プラスワン時代に日本企業が知るべき投資インセンティブ〜

1.インドが世界の製造拠点として注目される理由

 近年、米中対立の深刻化や新型コロナウイルスのパンデミックを契機として、グローバルサプライチェーンの再編が急速に進んでいます。特に、製造拠点の中国集中リスクを回避するため、多国籍企業の間では「チャイナ・プラスワン」戦略が広く採用されるようになりました。この戦略において、インドは最有力候補のひとつとして急浮上しています。

 

 インドは、14億人を超える人口を擁する世界最大の民主主義国家であり、GDP規模においても世界第5位(2023年時点)に達しています。豊富な労働力と急成長する国内市場、そして英語を公用語のひとつとするビジネス環境は、外資系企業にとって大きな魅力です。こうした背景のもと、インド政府が2020年に導入した「生産連動型インセンティブ制度(Production Linked Incentive Scheme:以下「PLI制度」)」は、グローバル製造拠点としてのインドの地位を一段と高める政策として、国際的な注目を集めています。

 

2.PLI制度とは何か ― 成果連動型インセンティブの仕組み

 PLI制度は、インド政府が製造業の振興と輸出競争力の強化を目的として導入した、売上増加額に連動して補助金が支給される財政インセンティブ制度です。その核心は極めてシンプルかつ合理的な設計にあります。すなわち、対象企業が基準年度の生産水準を超えた増分売上高を達成した場合にのみ、一定率の補助金が支給されます。

 制度の主な概要は以下のとおりです。

 

<対象産業分野>

 PLI制度は、現在14の主要産業分野を対象としています。具体的には、携帯電話・電子部品、医薬品、自動車・同部品、先進化学電池(ACC)、繊維、食品加工、白物家電、特殊鋼、太陽光発電モジュール、通信ネットワーク機器などが含まれます。制度全体の財政規模は5年間で約1.97兆ルピー(約260億米ドル、約3.8兆円)に上り、インド政府の本気度が数字にも表れています。

 

<インセンティブの水準>

 インセンティブ率は産業分野によって異なりますが、概ね増分売上高の3〜15%程度が補助されます。例えば、大規模電子機器製造分野では3〜6%、医薬品分野では3〜10%、特殊鋼分野では4〜15%といった水準が設定されています。なお、半導体分野については別途「India Semiconductor Mission」として、プロジェクト費用の50%を補助する大規模な支援制度が設けられています。

 

3.制度の実績と成果 ― グローバル企業の評価

 インド商工省(Press Information Bureau)の発表によれば、2023〜24年度時点でPLI制度は約1.61〜2.16兆ルピーの投資に結びつき、約14兆ルピーに相当する生産拡大を実現しています。雇用創出効果も直接・間接合わせて約115万〜143万人に上るとされており、インドの産業政策として一定の成果を上げていることが確認されています。

 特筆すべきは、Appleの委託製造企業(Foxconn、Pegatronなど)がPLI制度を活用してインドでのスマートフォン生産を大幅に拡大していることです。かつては「Made in China」の象徴であったiPhoneが、今や「Made in India」を実現しつつあることは、インドの製造業ポテンシャルを象徴する事例として国際的に評価されています。

 

4.制度活用にあたっての課題と留意点

 もっとも、PLI制度を活用して実際にインドへ進出する際には、いくつかの構造的課題を事前に認識しておく必要があります。インド政府や研究機関の報告によれば、以下の点が代表的な課題として指摘されています。

 

①行政手続の複雑さ

 インドの行政手続は多層的であり、連邦政府と州政府の管轄が錯綜するケースがあります。許認可取得や補助金申請において専門的サポートが不可欠です。

 

②土地取得・物流インフラの課題

 工場用地の確保は依然として複雑なプロセスを要する場合があり、物流インフラの整備も地域によって格差があります。

 

③分野による成果のばらつき

 先進化学電池や特殊鋼など一部分野では、当初の投資目標に対して進捗が相対的に遅れている状況もあります。進出を検討する分野の制度運用状況を事前に精査することが重要です。

 

5.日本企業の経営・対応方針

 PLI制度は、インドへの製造業進出を検討する日本企業にとって、極めて重要な機会となります。

 

【第一に】自社製品・事業の対象適合性を確認する

 自社の製品や事業がPLI制度の対象14分野に該当するかを確認することが出発点となります。対象分野においては、売上増加額に応じた補助金が複数年にわたって支給されるため、初期投資の回収を後押しする効果が期待できます。この点については、インド商工省(DPIIT)が、具体的な要件を公表しています。

 

【第二に】現地パートナー・専門家との連携を早期に構築する

 インドの制度環境は複雑であり、許認可・補助金申請・労働法制・知的財産保護など、多方面の法的対応が求められます。実績ある法律事務所や経営コンサルタント、さらには日本企業の進出支援実績を持つ専門家チームとの早期連携が、スムーズな事業立ち上げと制度活用の鍵となります。

 

【第三に】PLI制度を「入口」として中長期戦略を描く

 PLI制度のインセンティブ期間は原則5年間であり、補助金そのものが事業の持続的競争力の源泉になるわけではありません。制度を「入口」として活用しながら、インド国内市場への浸透、現地サプライヤーの育成、研究開発拠点の設置など、真の付加価値創造に向けた中長期的な戦略を描くことが、持続的な成長の条件です。インドは今、世界が注目する製造大国への転換点にあります。この機会を戦略的に捉えることが、日本企業の成長につながるといえます。

【出典情報】

  1. Dhwaj & Associates- Advocates & Consultants; "India as a Global Manufacturing Destination: The Role of the PLI Scheme".
    https://www.dalaw.in/
  2. Ministry of Finance, Government of India (2020), Union Budget 2020-21: Atmanirbhar Bharat and PLI Framework.
    https://www.indiabudget.gov.in/budget2021-22/doc/Budget_Speech.pdf
  3. Ministry of Commerce and Industry, Government of India (2023), Annual Report 2022-23: Production Linked Incentive Schemes,Department for Promotion of Industry and Internal Trade (DPIIT), New Delhi.
    https://www.dpiit.gov.in/static/uploads/2025/06/9900260e5d2ed688900dce995ec501d9.pdf
  4.  Press Information Bureau, Government of India, Press Release Report, PLI Scheme: Powering India’s Industrial Renaissance.
    https://www.pib.gov.in/PressNoteDetails.aspx?NoteId=155082&ModuleId=3&reg=3&lang=2
  5. Press Information Bureau, Government of India, PLI Scheme Achievement Report: Investment, Production and Employment Outcomes, Ministry of Commerce and Industry (March 2025).
    https://www.pib.gov.in/PressReleasePage.aspx?PRID=2114011&reg=3&lang=2 

 

執筆者:田中雅敏(明倫国際法律事務所)/Nikita Singh (Dhwaj & Associates)